アトピー性皮膚炎治療マニュアル

 アレルギー反応が起こるしくみ

アトピー素因があると、必ずアトピー性皮膚炎になるかといえば、そうではありません。アトピー性皮膚炎では、皮膚そのものも体質的にデリケートで、ほかの人よりも皮膚炎を起こしやすいこと、つまり非アレルギー的側面がかかわっていることも大きいのです。このため、治療するときには、アレルギー的な側面と非アレルギー的側面の両方からアプローチしなければなりません。この二つの要因は複雑にからみ合っていて、なかなかわかりにくいのですが、この本では治療をするために知っておきたい知識をまとめておきます。この項では、まずアトピー性皮膚炎を引き起こすアレルギー反応について説明しましょう。

 アレルギーはIgE抗体によって引き起こされる

病原体が侵入してくると、白血球晶胞が病原体に対抗する抗体を作り出すわけですが、この抗体はタンパク質でできた成分で、医学的には『免疫グロブリン(Ig=アイジー)』と呼ばれています。前述したようにIgには、IgG、IgM、IgA、IgD、IgEの5種類あります。この中で最も新しく発見されたのが、アレルギー反応と大きな関わりを持っているIgE(免疫グロブリンE)です。IgG、IgM、IgA、IgDの4種類は、血液中に存在する量がミリグラムの単位で示されますが、IgEは1ミリgの100万分の1のng(ナノグラム)で示されるほど、少ない量しか血液中に存在していません。そのためになかなか発見されなかったのですが、日本人医師、石坂公成・照子夫妻と、スウェーデンのヨハンソンによって1965年に発見され、このIgEがアレルギー反応の中でも特にI型反応(抗原に触れてすぐに起きる反応)に大きく関わっていることが解明されました。この発見により、アレルギー疾患の研究が盛んに行われるようになり、今日までに様々なことがわかってきたのです。さてそれでは、IgEは具体的にアレルギー疾患とどのように関わっているのでしょうか。アレルギー反応が起こるメカニズムにはいくつかのタイプがありますが、IgEによって引き起こされるのは前述したように、つまりI型反応、すなわち即時型反応と呼ばれるものです。

アレルギー

アトピー性皮膚炎のアレルギー性鼻炎、急性じんま疹、食物アレルギー、薬物アレルギー、ぜんそくの早く起こる発作などが、この即時型反応に含まれます。即時型反応のメカニズムはこうです。ひとたび人間のロや皮膚などから異物や病原体など(抗原)が侵入すると、その情報をいち早くキャッチした白血球B細胞は、血液中にIgEを放出します。血液中に放出されたIgEは、血流に乗って全身をかけ巡ります。そしてIgE受容体(IgEを受け止める部品)を持った細胞に付着します。IgE受容体を持つ細胞で、体内に最も多くあるのがマスト細胞(太った細胞なので肥満細胞とも呼ばれる)と好塩基球です。アレルギー反応は、抗原の侵入によって放出されたIgE抗体が、マスト細胞などのIgE受容体に付着して、再び抗原となる物質が体内に侵入してきた時に起こるのです。

IgE受容体を持つマスト細胞などは、その細胞内にアレルギー反応を起こすたくさんの化学物質(化学伝達物質)を含んだ顆粒を持っているのが特徴です。再び抗原が侵入してきて、マスト細胞などの受容体に付着したIgE抗体に接触すると、その刺激を受けたマスト細胞などは、細胞内の顆粒からアレルギー反応を伝える化学物質を放出してしまいます。この化学物質が問題なのです。再度の抗原の侵入によって放出される化学物質が全身のあちこちで組織に炎症を起こさせ、アレルギー症状を引き起こす原因となるのです。この時、抗原の刺激を受けてマスト細胞などから放出される化学物質は、ヒスタミン、プロスタグランディン、ロイコトリエンなどになります。アトピー性皮膚炎の治療に、抗ヒスタミン剤が用いられるのは、このためなのです。

 体中のIgE量、また反応の仕方には個人差がある

さて、アレルギー反応というのは、私たちの病気を守ってくれるはずの免疫システムが過剰に刺激を受けた場合に起きてくる反応であることが、おわかりいただけたでしょうか。私たちの体を守るシステムが、同時に自分自身の体をも傷めつけている。要するに、免疫力とアレルギーとは、まさに"両刃の剣"の関係にあるということなのです。ところで、抗原となる物質が他の人間にも同じ反応したからといって、その人が同じようにアレルギー反応を起こすわけではありません。アレルギー反応の起こり方に関しては、まだ良くわかっていないことが多いのですが、長い期間にわたって抗原にさらされていて、体内に侵入した抗原の量がある一定のレベルを越えた時に免疫システムが刺激され、アレルギー反応が起きるのではないかと推測されています。そして、体内に蓄積された抗原がどのレベルに達した時にアレルギー反応が引き起こされるのかには、個人差があると思われます。血液中のIgE量の多少の差が、アレルギー反応の起こりやすさに関係しているわけです。IgEは誰もが血液中にわずかな量だけ持っているタンパク質ですが、その量には個人差があり、中には普通の人の数十倍から数千倍ものIgE量を持つ体質の人もおり、そのような人は普通の人に比べて、はるかにアレルギー反応を引き起こしやすくなるのです。当然、親がそういう体質を持っていれば、子供に引き継がれる可能性は大で、まずそこにアレルギー疾患の遺伝的、体質的要因が指摘される所以もあるわけです。

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