アトピー性皮膚炎治療マニュアル

 アトピーと食物アレルギー

食物アレルギー

ここで食物アレルギーに関して、しっかり認識しておきましょう。子供さんが何かを食べて異常な反応を示すと、お母さん方はすぐに食物アレルギーだと考えがちですが、しかし、医学的に見てそれが食物アレルギーかどうか、実はなかなかすぐには判断しづらいことなのです。順迫って、お話ししましょう。赤ちゃんはお腹の中に芽生えた時から、いえ芽生える前からお母さんの体の一部です。詳しくいえば、お父さんの精子(数ミクロン)とお母さんの卵子(30ミクロン)が結びついて命が作られ、お母さんの胎内で育ち、生まれます。生まれてからは母乳やミルク、離乳食、そして普通の食べ物へと移行しながら発育していきますが、この離乳食の時期に赤ちゃんは、いろいろな食物に初めて出合うことになります。いうまでもないことですが、離乳食はもちろん、ほとんどの食品は基本的に人間の生体に害を及ぼさないものです。しかし、食品のうちのいくつかは、一部の過敏体質を持った人にだけ、特別な害を及ぼすことがあります。食物によって引き起こされたりもします。こうした異常反応の代表的なものが、食物アレルギーなのです。ことに赤ちゃんの場合は体が小さいため、食物が及ぼす影響は大きく、初めて出合う食べ物も多いのでこうした反応が起こりやすいわけです。また、体が小さいほど食物の影響による変化が見つけられやすい分、小児科医はアトピー性疾患の原因として食物を重視する傾向にあるのです。

 食物で起こる異常な反応がすべて食物アレルギーではない

しかし、頭によく入れておかなければならないのは、食物が原因で起こる異常な反応や体に不利な反応は、すべて食物アレルギーによるものかといえば、そうではないということです。これは一般の方々のみならず、小児科医もしっかり踏まえておかねばならない事実です。もしその反応が免疫学的反応で起きてくれば、まぎれもなく食物アレルギーと判断できますが、免疫とは関係ない非免疫学的反応であれば、たとえ食物が原因であったとしても、それは食物アレルギーとはいえません。食物が原因で起きる非免疫学的反応の中には、先天的な酸素欠損症や、腸菅の感染などが含まれますが、時に食物アレルギーと同じような症状を起こすことがあるのでまぎらわしいのです。食物によって起きる異常反応が、ぜんそくや鼻炎、じんま疹、アナフィラキシー・ショックなどの、いわゆるアレルギーの病気と一緒に起きてくるのならば、免疫学的要因により起きている可能性が強く考えられます。しかし、疑わしい食物を食べて、症状が出たからといって、それが食物アレルギーと判定することは難しいのです。その他の要因でも同じような症状を引き起こすことがあります。またアレルギー以外の原因による反応でも、その食品を食べることをやめると症状が治り、再び食べ始めると症状が再発するという、あたかも食物アレルギーかのような反応をすることさえあるのです。このように、食物を食べて現れた反応を食物アレルギーだと判定すること非常に困難を伴うのです。米国の医学教科書によると、ミルクで起こるアレルギーは、ミルクを飲んで起こった異常反応の中の1%以下であるとしています。食物が原因で起こり、表面的に現れないアレルギー反応もあり、その数のほうが多いのではないかと考えられています。

 免疫学甲食物アレルギーの判定法

口から体内に入った食物は、胃や腸の消化管でタンパク質分解酵素や脂肪分解酵素によって溶かされ、吸収された栄養素は血液を通して全身へ送り込まれます。そして体を作るための栄養源、元気に活動するためのエネルギー源として活用されます。つまり生命を維持するための代謝作用を根底から支えているのが食物なのですから、食物に対するアレルギーが起きてしまうと、その反応は代謝作用そのものにひとつのショック状態を起こすことになります。食物によるアレルギー反応が主に体のどこに症状を起こすかは、その人の臓器過敏性の個人差により異なります。もしこれが全身に起きてしまうとアナフィラキシー・ショックという大変に危険な状態になってしまいます。アナフイラキシー・ショックは、食べてすぐ(数秒から数分、20分以内くらい)に全身がかゆくなり、じんま疹が起こり、すぐに嘔吐、腹痛、下痢、呼吸困難、意識障害などのショック症状に変化することがあります。これなどはまさに典型的な食物アレルギーなのですが、近年はさらに加えて、『食餌依存性・運動誘発アナフィラキシー』という不思議なアレルギーの病気も増えてきました。これは、ある特定の食物を食べても何も症状が出ないのに、食べて40分~1時間後に運動を行うと、にわかにじんま疹が出始め、顔面がふくれ、呼吸困難、意識消失という恐ろしい症状を呈するのです。ところが不思議なことに、救急車で運ばれて病院で診てもらう頃には症状が消え、全身を検査しても何の異常も発見されないのです。巻き貝や小麦粉、エビなどの食品で起きるケースが多く、1980年頃から増え始めている症状ですが、今日、少しずつその原因が解明されてきています。このように、食物によって主に呼吸器や皮漂おいて急激に、劇的にショック症状を起こす場合は、ほぼ真の食物アレルギーだと判断できますが、何かを食べて何らかの胃腸障害や神経障害が現われたとしても、それは他の病気からでも起こり得るのでアレルギーの反応とはいえず、即座に食物アレルギーとは判定できないのです。重要な役割を占める「食物日記」それでは真の食物アレルギーであるという判定はどのように行うのでしょうか。それを判寄るのが、以下のようなさまざまな血液検査およびテストなのです。

*末梢血好酸球検査
*血清 igE漣度検査
*アレルゲン特異的1gE抗体検査
*皮膚テスト(プリックテストなど)
*生物活性学的テスト
*食物誘発除去テスト

以上の検査などを行って総合的に判断していくわけですが、各検査をどう行い、結果をどう判断していくかは、それぞれの医師の知識、経験に委ねられます。技術的に同じであっても最終的には医師一人ひとりの経験がモノをいうことも少なくなく、ここでも医師の偏りのない柔軟な治療姿勢と広い視野が求められるところです。皮膚に起こっている症状が食物アレルギーによるものなのかどうか、その重要な手掛かりは患者さんたちの口々の生活の中に隠れているものです。だからこそお母さん方に「食物日記」をつけていただき、克明に日々の変化を綴ってほしいです。そのほうが一見遠回りのようでも、間違いのない答えが引き出されることのほうが多いからです。本当に食物アレルギーであるのか、そうでないのか。治療現場では、「食物日記」の中で答えを推測し、さまざまな検査はその推理の最終的な確認にすぎません。

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